ぼりログ

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夢に向き合うことについて

前記事の最後の方に自分を

逃げるな!向き合え!というような押し付けをしてしまいがち

と書きました。今でも正しかったのか悩ましいこともありますが

僕なりの激励のつもりだった「押し付け」の実例を思い返してみます。

全記事はこちら

 

boriesy.hatenablog.com

 

 

僕には佐川急便時代のとても中のいい同期がいます。

住むところも職種も変わってしまった現在でもちょくちょく

現状報告をし合っています。

佐川急便をやめる時にも時を同じくして別の道に進むといって

僕は和食、彼はアパレルの道へと歩み出しました。

それから2年が経ち共通のお世話になった先輩が佐川急便を退職されるとのことで僕と彼も送別会にお招き頂きました。

送別会が終わった後彼と2人だけで飲みに行ったのですが

彼から出た言葉に僕は言い放つこととなります。

「俺は夢を叶えられるかな?」

この言葉を聞いた瞬間に彼の近況や心情などを考えもせず

「叶うかな?って程度の夢なら諦めた方がいい。絶対に叶える前提でみんな挑戦するし、その中でたった一握りしか成功しないのが当たり前だ」と。

今でもこの考え方は変わっていません。夢を掲げて生きるのであれば

夢を目標として現実味のある行動の積み重ねが必要になると思っています。

この時も決して突き放すつもりではなく僕なりの激励のつもりで言いました。

だけど「頑張れ」って表現は聞こえはいいけどやっぱり無責任な言葉で時に相手を追い詰めます

結果その後も彼はアパレルを続けているのですが僕の押し付けがましい一言が彼の反骨心に火をつけ、1%でも「見返す」ために今の仕事を続けているのであれば、別の可能性を潰してしまっているかもしれない。

考え始めればキリがない。

「やるやつはやるし、やらないやつはやらない」

その時の僕は僕から何か答えを見出そうとしているなら全身全霊の僕の答えを投げかければいい。

それが僕にとっての友情であって礼儀でした。

だけど相手の心情まで汲み取って、気を楽にしてあげる言葉を選んでも良かったのではないかと今では思えるようになりました。

自分の基準だけを押し付けるのではなく相手に合わせて1番生きそうな言葉を選んであげる事。それも友人に対しての誠心誠意なんじゃないかなーと。

「優しさ」は場合によっては相手で使い方を変える事、

形は1つだけじゃないんじゃないか。と考えさせられた出来事でした。