ぼりログ

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3代に及ぶ波乱万丈、我が家がどんな困難にも絶望しなかった3つのマインド

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ぼり@板前ライター (@borilog) | Twitterです!

 

今まで波乱万丈に生きてきた我が家の過去と、その困難を乗り越えてきたマインドにについてご紹介しようと思います。

 ぼくの一家は祖父、母、ぼく。の3人で構成されています。

今はぼくが実家を離れているので祖父と母が2人で住んでいます。

 

祖父について

祖父はチャキチャキの江戸っ子みたいな性格です。

とにかく仕事が残っているのが嫌いのようで、朝のゴミ出しは前日の晩に済ませるのなんて当たり前。

以前、前日の夜どころか夕方にゴミを出してお叱りを受けたなんてこともあります。

あと、友達から聞く「かわいいおじいちゃん像」みたいなものって僕にはなくて、ふつーにひっぱたかれるので幼少期はじいちゃんは怖かった。笑

母について

うちの母は結構早くに結婚して離婚をしています。

ぼくには1つ年上の兄がいて父方に引き取られたので、ぼくは母の「女手ひとつ」で育てられました。

母にもいろんな責任感があったとおもいます。

父がいない分自分がしっかりしないといけない、というような。

毎日必ず9時には寝かせられましたし(早すぎてなかなか寝付けない)、次の日の時間割の授業の教科書をランドセルに詰めておかなかったという理由で冬の寒空の下、玄関から放り出されて締め出されてみたり、ひっぱたかれる時も一旦両手を持たれて「気をつけ」のポーズをとらされて無防備になった頬にビンタを食らったり。

 

たくましく育ててもらいました。笑

 

ぼりについて

1人っ子として育てられたようなものなので、家にはだれもいないからとにかく学校が大好きでした。

 

朝学校は7時に門の鍵があるのですが、ほぼ開店待ち状態で、毎日「学校一番乗り」を目標に過ごし幼少期を過ごします。

 

また、元気がありあまり過ぎて友達の家に遊びに行くのもめちゃめちゃ早かった。

 

朝9時前には友人宅に到着していましたし。親御さんはさぞ迷惑だった事でしょう。

(今も優しく接してくれる仏のような友達の親御さん達にはずっと感謝しています)

 

 

我が家の3大事件

それぞれの人物像を描けたところで我が家の歴史をご紹介

借金取りがかわいそうになる夜逃げ事件

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まず、祖父の代で福井県で運送会社を経営していて失敗したらしく、多額の借金を抱えて夜逃げしたそうで、辿り着いた先が石川県です。

 

一家は1度バラバラになり、最初は当時まだ5歳だった叔父(母の弟)と2人だけで石川県に来て、母ともう一人の叔父(母の兄)は福井の親戚にあずけられました。

 

祖父はもう1度石川県で体勢を立て直そうと正に寝る間も惜しんで働いたそうです。

 

そして小さかった叔父も小学生になる事になり住民票が必要だという事で現在の石川県に移すや否や当時のセキュリティの甘さで即、借金取りに祖父の居場所がばれてしまいました。

 

じいちゃん大ピンチ。

 

借金取りはなんと、日中働きにでているスキを見て自宅に訪れ、留守番中の叔父に「パパの友達だよ」といって家にまであがりこんでいたそうです。

 

仕事を終えて帰宅した祖父は自宅にあがりこんでいる借金取りを見てすぐに状況を理解したらしく、

「人のいない時に子供騙して上がり込むとは何事だ!」と逆ギレして裁判まで起こしたそうです。

 

本人の計画では借金丸ごと踏み倒そうと思っていたらしいのですがそこまで都合良くはいかず、半分ほどしか踏み倒せなかった!と当時を思い出して爆笑していました。

 

(借金取りさんわざわざ石川県まで行かされたのにごめんなさい)

 

結局あとの半分の借金を70歳までしっかり働いて完済しっきた祖父は「払いきったー!」といってせきを切ったかのように翌日仕事をやめたのですが、働くこと自体は大好きだったみたいでその翌月にはまた働き始めていました。

 

コロコロコミック事件

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ぼくは幼少期、毎月発売されるコロコロコミック(以下コロコロ)というかなり分厚目のマンガの月刊誌が大好きでした。

事件の日、ぼくはいつもの祖父の定位置でコロコロを読んでいたら祖父が戻ってきて「そこどいて」と言いました。

 

ぼくは、とてもいいところだったので「ちょっとだけ待って」

といったらコロコロを奪い取られ

 

コロコロでボッコボコに叩きつけられました。

 

その当時ぼく、小学2年生でしたけどね。

やられてる最中も「え?まじで?おれ2年生やぜ?」と思ってました。

 

本当にたくましく育ててもらいました。笑

母、がんからの返り咲き

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これが1番最近のお話。

ぼくの母は結構マジメな性格ですがたまにアホアホになる時があります。

 

モーニング娘。が流行った時代には自分の背が小さいことを使って「ミニモニ。に入りたい」だとか、「歌手になるのは流石に諦めたけどコンサートを開く夢はあきらめていない」とけっこう正気じゃないような事を口に出します。

 

そんな母ですが2年前に胃がんになりました。

 

まあでもそんな暗い話でもなくて、超早期発見だったようなので1年後にはしっかり社会復帰できていました。

けどやっぱり何か思うところがあったようで「好きなように生きる事」を意識し始めたように思います。

回復後、急にヴォーカルレッスンに通い始めました(多分本当にコンサートを諦めていない)

 

あと50歳になった時に以前の職場でお付き合いしていた主任の12歳年下の男性と

籍を入れました。(素直に「やるな母っ!」と思いました笑)

 

まとめ

こんな一家で、それぞれ性格も全く違うのですが共通しているが3つあります。

  • 失敗やつらい事を笑い飛ばす

  • 生きたいように生きる

  • チャレンジするのはいつからでも遅くない

我が家の強みはこんな感じです。

 

祖父も母も正直、普通ならとっくにくじけて諦めてしまうような事でも、「生きる事」「楽しむこと」に対して絶望しません。

 

1度落ちきったあとには必ず這い上がり笑い飛ばします。

 

そしてその姿を見てきた僕もやっぱり似たような性格です。

これからも祖父、母の生き様を見ながら、たまに自分もどん底にまで落ちながら笑い飛ばして生きてってやろうと思います。

 

 以上、ぼりでした!