ぼりログ

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努力より先に効率を求めるあまりに見失う自分の限界値について

ぼりです!

 

今回は僕が散々繰り返してきた「効率の悪い努力」から見えた

たったひとつの利点について

 

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先日、オリンピックメダリストのハドラーである為末大さんの

こんな記事を読みました。

 

tamesue.jp

 

為末さんの著書である「諦める力」でも

限界が見えた時にはしっかりと見切りをつけて自分を活かせるステージを探すことの重要性を説いています。

 

 僕は為末さんの著書やtwitterの発言などにとても救われてきたし、

この著書のおかげで改めて「自分の努力」はちゃんと結果を出す為に出来ているのか、

また「努力をする」ということ自体に満足してしまってはいないかという事について深く考える事ができるようになりました。

 

疲労感に安心してしまう勘違い

僕はそもそも学生時代の頃から勉強はからっきしでした。

 

単純に教科書をノートに写し続けるだけで

「今日は4時間も勉強した!」とかって自己満足に至るだけで

もちろん結果はついてこなかった。

 

その時は単純に自分は「頭が悪いのだ」という答えに逃げていましたが

現在、資格試験などを割とすんなりと合格できている自分の事を考えると

いかに効率の悪い勉強をしていたのかはしっかりと理解できます。

 

ただし社会人になっても数年間はこの考え方自体から逃げ出せず、

疲労感=達成感

というシンプルで非効率的な自己満足を繰り返してきました

 

残業が長ければ長いほど頑張っていると思っていたし、

長時間労働で会社に注意された時は

「会社の為にこんなに時間を費やしているのに」

と言って愚痴ここぼしている時さえあったくらい。

 

今回の記事にも同じような事がわかりやすく示されています

満足を、疲労感や、トレーニングの量によって測り、いかにそれでパフォーマンスが上がったかでは計っていない。クタクタにならないと罪悪感さえ抱いてしまう。

量の拡大ではない戦い方をするには、情報(データ)を集め、勝負を決めているのは何か、どこに努力を投下すべきかを考える必要がある。むしろ考える作業の方が大事でそれを実行するのは二の次になる程だ。そして、考え続けることよりも、むしろ決められたことを淡々とこなすことの方がむしろ楽な時がある。スポーツの現場では根性を出して頑張っているのではなく、時々苦しくて根性に逃げていることすらある。

 

現在、為末さんの著書や、多くの仕事の効率がいい先輩との出会いを経て

「効率」や「適正」の大切さを、ダメな自分を経たからこそこの言葉はよく理解できます。

 

無駄な努力を重ねた自分に見えたもの

これだけ自分でも「効率の悪い時間を過ごした」という自覚がある中で

ただひとつだけ良かったと思える点があります。

 

それは無駄に努力をしたからこそ

自分がどのくらい頑張れるのかを理解できた事

 

効率の悪い人間はまず考えずに行動に移す傾向があるので、

結果として多くの時間と体力を消耗します。

 

効率を考える頭を持てていないうちはむしろ「ただ努力をする事」しかできない。

しかし、努力しかできない人間にも当然体力の限界が来ます。

 

僕にも完全にその時期がありました。

残業を重ねて、周りの人間よりも早く出社して休憩もせずに仕事をする。

この日々が長く続けられる事はなく、ある日トラブルを起こすに至ってしまいます。

 

単純な自分の「体力の限界」を理解できる事のきっかけになったので

そこから僕の意識改革は始まりました。

 

結果として昔の自分からは考えられない程に効率を考えて仕事をする事ができるようになったのですがそれでもこなしきれない作業量を抱えた時にこの

「自分の限界を知っている」という事が役に立つ事となります。

 

自分の体力や精神的な限界を知るという事で1日に最大までこなす事ができる

仕事量を推測する事ができるようになりました。

 

最初から効率を求める事の危険性

為末さんの著書を読む前からTwitterを拝見していた中で昔から

ひとつだけひっかかっていた事があります。

 

それは為末さん自身が自分の限界を見つめながら努力をしてきた人だという事を

理解せずに、

ただ単純に「努力をすればいいというわけではない」という答えに至る人が出るのではないかという事。

 

僕はあくまで為末さんの著書や発言は「自分の努力のキャパを理解した人間」

がその努力を注ぎ込む方向性を考え直す事にもっと重点を置く事が大切だ。

 

という風に理解しています。

 

効率を求めるのは時に努力をする事よりもはるかに重要になる。

ただしそれは自分の努力の限界値を理解した人間が効率を求める事によって

最大の効果を発揮するのではないだろうか。

 

まとめ

僕なりの解釈としては

効率をよくする為にはまず、自分の努力の限界値を知る事が重要。

その上で、努力できる範囲でその努力を最大限に活かす為の効率の良さを考える事でベストな結果に近づける事ができるのではないかと思う。

 

最初から効率だけを求めてしまうと自分のキャパを理解しきれていないが為に

本当はもっと手の届くところがあるのに自ら身を引いてしまう危険性を含んでしまっている。

 

だからこそ不恰好にはなるかもしれないが本当に結果を求めるのであれば

効率を求める前にまず最大限の努力に取り組む必要があるのではないでしょうか?

 

以上、ぼりでした!