ぼりログ

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人に頼らずに生きることを辞めた日

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ぼりです!

 

昨日、僕は理髪店に勤める友人(若いのに美容室じゃないところがなんだか粋だと思っている)にタダで髪を切ってもらい、その後マックまでご馳走になってきました。(神様かっ)

 

実はこの歳にもなって格好悪いのですが、素直に「お腹がすいたけど今月きついから助けてー」ってお願いしたんです。

 

そしたら2つ返事でOKしてくれた。

 

そして実際にマックをご馳走になってるとき、ものすごく有り難かった。

テリヤキセット(M)を食べ終えた頃にふと、「ちょっと前までの自分はこんな風に誰かに助けを求めることってできなかったなぁ」って思ったんです。

 

今回はその、「人に素直に頼るようになった自分」の心境の変化とこれからのことについて書き起こします。

 

 

立派な大人になることに必死になった10年間

僕の実家はとにかく超貧乏です。というか夜逃げ一家です。笑

 

今となっては完全にネタにして笑い飛ばすだけの強靭なメンタルを手に入れましたが、幼少期に刷り込まれた「お金」についての感覚はずっと残ってるんですよね。

これについては昔一度記事にも書きました。

 

www.ooborisatoru.com

 *記事中より引用

僕は借金を完済していない頃に実家で育ったので

お金に対してはかなりシビアに育てられてきました。

 

当然苦労をしてきたであろう母の口癖が

「余計にお金儲けをしようと思うな、生きられるだけあればいいから」

であったので「お金は汚いものだ」というイメージを幼少期に刷り込まれます。

 こんな事もあって

  • 人にお金を借りちゃいけない
  • 立派な大人にならなきゃいけない
  • 人に頼らず、自立してなんでも自分でやらなきゃいけない

というような意識で社会人になりました。(実際にできていたかどうかはわかりませんが…)

20歳の頃には「キツイ」で有名な佐川急便にも入社し、自分なりに結構追い込んできたつもりです。

そのおかげで人に頼ってばかりいる人を見るとなんだか心がザワザワしたり、ときにはその人に直接「甘えるなっ!」みたいな事を言ってきました。

 

これって「強い」んじゃなくて「強がり」なだけで、むしろ人に弱みを見せられないから身体中にメッキをまとった状態だったんだと思う。

 

弱みを見せられる人、素直に誰かに頼る事ができる人の方が自然だし、なんか信用できる。

それは多分、みんな隠したがっているであろう自分の弱みを素直にさらけだしているから。

 

誰にも頼らない事が自立じゃない

自立ってどういう事なのか。

 

よく「俺は一人で生きて行く!」なんてセリフをドラマなんかで耳にしますが、その後に必ずセットで「誰も一人でなんて生きちゃいけない!」というくっっさい感動名シーンが待っていますよね。

 

その人たちのいう「自立」って「人に助けを求めない」って事だと思ってます。

自分がそのスタンスだったからよく理解できるつもり。

 

だけど、これって自立と呼べるんだろうか?

 

 多分答えはNO。

 

人に助けを求める事自体が自立できていないんじゃなくて、誰かによりかからないと何もできないような人を「自立できていない」と呼ぶんだと思う。

 

みんな自分で全ての事をこなしきれる程完璧じゃないし、一人でなんでもできるわけじゃない。

 

自分のできる事とできない事の範囲をしっかりと理解して、できない事だと判断したらしっかりと人を頼る事ができる人を「自立できている」と呼ぶのだと思う。

 

頼った分、頼って貰えばいい

頼ったら、迷惑をかけてしまったら、その分頼ってくれた時に精一杯お返しすればいいし、自分にかかる迷惑も許してあげる事のできる人間であればそれでいい。

 

人の力になる事、それはときに自分に負担がかかる事もあるかもしれないけれど、それでもいいと思える相手に精一杯向き合えばいい。 

 

ここ最近、そう思えるようになった事で自分のメッキがはがれ、以前よりも人に優しく接する事ができるようになれました。

 

「 自分の為」が「人の為」になる行動を

だけど違うと思うのは「世の為人の為」って言葉を掲げて自己犠牲に生きるという事。

その行動自体は素晴らしい事かもしれないけれど、その根本に自分の意思、自己満足がないといずれ無理が出る。

 

人はつきつめれば自分がやりたいと思った事じゃないと本気にはなれない。

 

だからこそ、自分の自己満足の為にした事が「人の為」になっている状態じゃないと、「こんなにあなたの為に頑張ったのに!」みたいな「見返り」を求めてしまうから。 

 

自分が受けた恩はしっかり返す。でも自分がした事は自分がしたくてやった事っていう掛け捨ての気持ちで人と向き合っていく。

 

これから僕は多くの人に頼る事になります

僕は6月からクラウドファンティングという、夢を叶える為に資金を募るというサービスに6人の仲間と共に挑戦します。

このプロジェクトのリーダーである宮森はやとさんという方からお誘いを頂き、僕はそのメンバーの一人として活動をしています

www.miyahaya.com 

記事中に詳しく説明されているのですが、目標は「都内に誰もが気軽に逃げ込めるシェアハウスを作る」というもの。

誰かに頼れる事、逃げ場がある事。たったそれだけで救われる人はきっと大勢いる。

 

僕はこのシェアハウスが完成したら金銭面、労働環境面、などいろんな点でまだまだ「生き辛い」飲食の世界を少しでも生きやすくする活動をはじめます。

 

そしてこれは完全な副業にあたるので現在勤めている会社も退職して全力で挑みます。

勤め先の社長さんにも、納得してもらうのではなく、応援して頂くために、今後の自分の活動をプレゼンもします。

www.ooborisatoru.com 

これを実現することで、将来僕が独立するときに僕自身が少しでも挑戦しやすい環境を作り出したい。

 

今回、このプロジェクトを実現する為には僕一人の力では到底不可能です。

何人もの人に応援をお願いをすると思うし、とりあってもらえない事も多いかもしれない。

 

だけどそれは全然それでいい。多分、しょうがないこと。

 

でもその上で、もし少しでも支援してもらえるのであれば、僕はその恩を絶対に忘れない。

そして必ず「感謝」をお返ししていきます。

 

クラウドファンティングについては近日、公開することになります!

どうか、みなさん力を貸してください!

 

まとめ

自分の力が足りないところは頼っていいのだと思う。

その代わり、自分もちゃんとお返しをできる人間である事。

お互いに力を貸し合うのは大切だけど、人によりかかるのは違うと思うから。

 

一人の力で達成できる事って本当に少ないし、小さい。

 

自分だけの力で叶えられる事の限界を越える為、僕はこれから精一杯人に頼るし、僕が力になれる、僕だからこそできる事には全力で力を注ぎ込もうと思う。

 

その先に自分一人では達成できなかったような大きい事をしたい。

 

誰かの為じゃない。自分自身の自己満足が結果的に人の為になるように。

 

以上、ぼりでした!